この物語の悲劇は、当時の富野由悠季監督の作風「人の業を描く」という方向性に翻弄され、ヒロイックファンタジーとしての優れた資質を俗世間の人間の性格描写に終始してしまったところにあると思う。 しかしだからといっていたずらに批判することはしない。 ノーテンキな剣と魔法と恋の物語がヒロイックファンタジーではない。 その昔の小説の世界でも、決して綺麗ごとだけの物語を紡いでいた訳ではないのだから。
ただ、あまりに重たく、疲れる。 救いはあるようでいて、ない。
取り残されたチャム・ファウの(予想される)末路が、この物語のただならぬ重さを象徴していると思う。 愛すべき作品というにはあまりにも重い。 この作品、自分にとっては「人の人としての生き方に、自分自身の生き方に、疑問を投げかけさせる作品」であると言える。
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この物語の悲劇は、当時の富野由悠季監督の作風「人の業を描く」という方向性に翻弄され、ヒロイックファンタジーとしての優れた資質を俗世間の人間の性格描写に終始してしまったところにあると思う。
しかしだからといっていたずらに批判することはしない。
ノーテンキな剣と魔法と恋の物語がヒロイックファンタジーではない。
その昔の小説の世界でも、決して綺麗ごとだけの物語を紡いでいた訳ではないのだから。
ただ、あまりに重たく、疲れる。
救いはあるようでいて、ない。
取り残されたチャム・ファウの(予想される)末路が、この物語のただならぬ重さを象徴していると思う。
愛すべき作品というにはあまりにも重い。
この作品、自分にとっては「人の人としての生き方に、自分自身の生き方に、疑問を投げかけさせる作品」であると言える。