私は小さい頃から、それなりに多くの漫画やアニメを見てきました。ですが、それほどひねくれて作品を見るということはなく、素直に素直に見てきました。細かな設定上の矛盾や、反則的な技、そして奇跡の出会い。こういうものにつっこみを入れることなく、そういうものだと思ってきたのです。
そんな都合のよい、漫画読者の私がはじめて「驚いた」作品があります。つっこみを入れずには入られないような相当大きな「驚き」に包まれたのです。
「そりゃあねえだろ~」
ついつい声に出てしまいそうでした。
まあ、このページは「聖闘士星矢」のページですから、私が「驚いた」作品が『聖闘士星矢』であることは明らかです。
では「聖闘士星矢」のどこに「驚いた」のか?
「聖闘士星矢」を読んだことのある人ならわかってもらえるはずです。私が「驚いた」のは、コミック第二十七巻巻84ページで魔鈴さんが星矢の姉星華をつれてきたシーンです。
私はあのシーンを見る最後の瞬間まで、星矢の姉は魔鈴さんだと思っていました。漫画を読んでいて、「ここまで何かを信じていたことはない」というくらいに信じきっていたのです。なんてったっ第一巻から第二十七巻までず~~~~っと引っ張ってきたわけですから、読者としては「あとはどうやって魔鈴さんがその正体をあかすかだな・・・」と、たいていの読者は考えていたのではないでしょうか。まんまとしてやられたわけです。
・・・・・・ん?
・・・・・・まんまとしてやられた?
確かに私は、魔鈴さんが星矢の姉でないことに驚き、そして呆然としました。でも、よくよく考えてみると、漫画を読んでいてここまでしてやられる瞬間ってそうそうあるものではないような気がします。なぜなら、漫画で描かれていることの中に確実なる「真実」を見出さなくては、それをひっくり返されることはありえないからです。この場合その「真実」は当然『魔鈴さんが星矢の姉である』ということです。
ここで再びよくよく考えてみます。
そもそも魔鈴さんが星矢の姉であるということを決定付ける要素は何も描かれていません。ではなぜ私は「魔鈴さんが星矢の姉だ」と思ったのか。
答えは簡単!!
星矢がそう思っていたからです。
魔鈴さんが星矢の姉であることを最も信じていたのは、どう考えても星矢です。そして私たちはその星矢と共に「聖闘士星矢」の世界を旅していました。そうして一緒に旅をしているうちに私たちは星矢と同化していたのではないでしょうか。だからこそ魔鈴さんを星矢の姉であるとあそこまで信じることができたのだと思います。
コミック第二十七巻84ページは私に初めての「驚き」を与えましたが、それは決して悪い意味の「驚き」ではなかったということです。
私のなかで驚きが生まれたあの日は同時に、自分がちゃんと聖闘士星矢の世界に浸っていたことに気付いた日でもあるわけです。
あの瞬間はある見方をすれば「読者を裏切った瞬間」ともとれますが、決してそうではありません。あの瞬間は「読者に自分が聖闘士星矢の世界に浸っていたことを気付かせてくれた瞬間」なのです。
長く愛される作品にはそれなりの理由があるということですな。
・・・どうです?私って都合のいい読者でしょ?
追記
魔鈴さんが星矢の姉でなかったことは確かに驚きでしたが、もしも魔鈴さんが姉だったとするとシルバーセイントになるまでの過程で著しい無理が生じることとなり、決して決着のつかない議論の種になったことでしょう。作者の意図がどうであれ、そういう意味では魔鈴さんが姉でなかったことはごく自然なことといえます。つまり私の驚きは客観的な驚きではなく、単に思い込みを蹴散らされたことによるものということになります。でも・・・驚きましたね。
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